社長インタビュー
「創業100年で初のテレビCM」苦しいはずのカクヤスが酒の代わりに配達し始めたモノ
2021/11/09
家庭向けも「送料無料」は変わらない
主に飲食店向けに酒を配達してきた「なんでも酒やカクヤス」が、個人向けの配達を強化している。創業100年の老舗だが、今年6月には初めてのテレビCMを放送した。「ビール1本から無料で配送」というカクヤスのやり方は、個人向けでも成り立つのか。ライターの村上敬さんが取材した――。
コロナ禍で食料品以外の配達アイテムを増やし始めた
東京や大阪の都市部では、「なんでも酒やカクヤス」と書かれたピンクの荷車のついた電動自転車をよく見かける。
株式会社カクヤスグループ(本社・東京都北区)は東証二部上場で、お酒の小売業・卸売業を展開。首都圏で169店舗(2021年3月末、倉庫含む)の店舗網を持ち、店舗から半径1.2キロ範囲の配達アリアなら「どこでも」「ビール1本から」「最短1時間から」「無料で」配達してくれる。一方通行や駐車禁止の多い都市部において、自転車は最強の配達モビリティというわけだ。
実は今、カクヤスが配達アイテムの種類をグッと増やしている。
6月からペット用品の即日配送をスタート。9月にはサプリメントの即日配送を増やして、栄養ドリンクのラインナップを強化した。さらに、9月から冷凍食品のテスト配送も始めている。
コロナで業務用の酒需要が激減
なぜいま配達アイテムを拡充しているのか。
背景にあるのはコロナ禍だ。ここで、カクヤスの即日配達モデルについて簡単に解説しておこう。カクヤスは自社配送で、1時間から配達できる体制の構築・維持には当然コストがかかる。一般的な無料配送モデルは買い物金額の条件をつけて単価を上げることでコストを回収するが、カクヤスはビール1本から無料配達が可能で、そう簡単に配達コストを回収できない。
採算性の低さをカバーしているのが、料飲店などの業務用の即日配送サービスだ。カクヤスの場合、一般家庭の1回の単価は平均4500円だという。業務用は1回ごとの単価を公表していないため直接比べられないが、1カ月の平均売上額は1店舗当たり10万円。業務用も一般家庭用と同じく買い物金額の条件は設定していないが、縛りがなくても大量に購入して全体の客単価を引き上げている。
売り上げのバランスでいうと、業務用が7割で、一般家庭用が3割。カクヤスの即日配送モデルは、業務用があってこそ成り立つモデルだった。
業務用と家庭用の売り上げがほぼ同じに
ところが、コロナ禍で料飲店の営業・アルコール提供自粛が相次ぎ、業務用の売り上げは激減した。佐藤順一代表取締役社長は、コロナ禍のインパクトを次のように明かす。
「業務用の売上は3分の1に減りました。売り上げの構成も変わって、いまは業務用と家庭用の売り上げの比率がほぼ同じになりました。飲食店さんも苦しいと思いますが、協力金が出ます。われわれには協力金がないので、営業自粛がそのままダメージになってしまう」
数字を具体的に見てみよう。21年8月の業務用の売り上げは、コロナ禍前の前々年比で28.7%に減少。家庭用は家飲み需要を受けて126.7%と健闘しているが、もともと7対3で業務用頼りだったため、家庭用の売上増では業務用の売上減を相殺しきれない。全体の売り上げは前々年比56.3%と、半減に近い。
「業務用の落ち込みをカバーするには、家庭用の売り上げを2.5倍にする必要があります。いずれ業務用は復活すると思いますが、そうならなかったときに備えて、家庭用だけでもそろばんが合うような体制にしないといけない」
家庭用注文の“スキマ時間”に何を運べるか
実際、カクヤスは今年に入って家庭用の強化策を次々に打ち出している。6月には、お笑いコンビ「バナナマン」を起用したテレビCMを展開した。カクヤスの商圏は店舗から1.2キロ圏内。これまで地域にチラシをまくことはあっても、テレビCMを打ったことはなかった。創業100年の同社初の試みだ。
5月には、宅配力を強化するため、事業会社内に「カクヤスplus推進部」を新たに設立した。6~7名の部署で、酒類に限らない新規カテゴリーの開発を行う。従来の発想にとらわれずに開発していく予定だが、とくに狙っているのは日用品の消費財だ。
「業務用が減って、配送能力にかなりの余力があります。家庭用の注文は、午前中と夕食前の時間帯に集中します。これまで午後は業務用の配達で忙しかったのですが、いまは配達車の掃除をするくらいしかやることがない。その時間帯にドライで運べるものなら既存の配送網に乗せるだけでよく、新たに仕組みをつくる必要はありません。そこで新たに始めたのがペット用品でした」
実は、時間帯を問わず運べるドライ品として、紙おむつを検討したこともある。紙おむつのようにかさばる商品は持ち帰りに不便で、まさに宅配向き。ただ、かさばることは宅配サービスにとっても足かせになった。
「紙おむつをやろうとしたら、かさばりすぎて在庫を店頭に置けませんでした。そこで普段は配送センターに在庫して、注文があればルート配送で店頭に送り、すぐに配達員が届ける“通過型配送”の仕組みを構築中です。現状では注文からお届けまで2~3日かりますが、いま1日で届けられるようにシステムを開発しています。これが完成すれば紙おむつも家庭用の売り上げに貢献してくれるはずです」
カクヤスがペット用品や紙おむつなど飲食と関連の薄いカテゴリーも手掛け始めているのは、業務用の売上減の穴を埋めるため。生き残るための苦肉の策だったのだ。
既存の物流網を生かしてエリア拡大
家庭用の売り上げを伸ばす戦略がもう一つある。即日配送可能エリアの拡大だ。現在、カクヤスが出店しているのは、東京23区や横浜、川崎、さいたま市などの首都圏と、大阪市中心として大阪エリアのみだ。他エリアの都市部に出店する余地はある。
「ゼロから立ち上げると時間がかかります。大阪進出時は自分たちですべてやったので、黒字化するまで20年弱かかってしまいました。新たに他エリアに進出するとしたらM&A。すでにある程度の規模の店舗・物流網を持っているところと組んで展開することになるでしょう」
すでに動き出しているエリアもある。2020年5月に、福岡県福岡市で酒類販売を行うサンノー株式会社を、12月には同じく福岡市で酒類販売を行う株式会社ダンガミの株式を取得して子会社化した。
「どちらも業務用の会社で、家庭用配送はやっていません。しかし、両社合わせて100億円の規模があり、それをさばけるだけの物流網はすでに構築されています。『なんでも酒やカクヤス』のように店舗展開するかどうかは別にして、既存のBtoB物流施設に家庭用をプラスしていくのは難しくない」
コロナ禍から回復するタイミングがチャンス
コロナ禍で、業務用の酒販店はどこも厳しい。業績が悪化して株式の評価額が下がるときこそM&Aのチャンス。福岡のケースのように今後も積極的に買収するのか。そう水を向けると、佐藤社長は「福岡の2社は以前から話を進めていて、たまたまコロナに重なっただけ。理想のタイミングは今ではない」と答えた。
「たしかに酒屋さんは厳しい。しかし、トラックを半分売ったりして耐え忍んでいます。困るのは、むしろ回復する局面でしょう。トラックを半分売ってしまったら、市場が回復しても会社として復活するのは難しい。そのタイミングで私たちが声をかけさせていただくことはあるかもしれません」
M&A戦略には商圏を拡大する水平型だけでなく、川上・川下を押さえる垂直型もある。たとえば同業の大手である株式会社やまや(本社・仙台市)は2013年、居酒屋チェーンを展開する株式会社チムニーを買収している。飲食業界に進出してシナジー効果を狙う選択肢はないのか。これについても佐藤社長は「飲食店はお客様。飲食業界に進出したら、お客様が競合になってしまってうまくいかない」と否定的だった。
緊急事態宣言は、9月末で解除された。しかし、東京都は10月24日までを「リバウンド防止措置期間」に設定して、アルコール提供は感染対策徹底の認証を受けた店に限って午後8時までにするよう求めている。業務用市場の完全復活は、ほど遠い状況だ。
家庭用の即日配達アイテムを増やしたりエリアを拡大したりすることで、どこまで現在の苦境をカバーできるのか。カクヤスのチャレンジは当面続きそうだ。
プレジデント社発行 PRESIDENT Online 2021/10/15 村上 敬 ジャーナリスト
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