社長インタビュー
理想は「三河屋のサブちゃん」…?カクヤスの「ピンチに強い」経営哲学ー「冷蔵庫の隣まで運ぶ」ことが生む信頼
2021/12/27
「なんでも酒やカクヤス」を中心とした酒小売店や宅配拠点を約240店舗を展開する株式会社カクヤスグループは、今年11月に創業100周年を迎えた。東京都北区で産声を上げた「街の酒屋」は、「23区内どこでも、最短1時間で、1本から、無料で」の配達を実現し、業界のモデルを一変させるまでに成長した。
新型コロナウイルスによって飲食業界が受けたダメージ、「酒離れ」が囁かれる時代の成長戦略、そしてアルコールを扱う企業としての責任…。なおも新たなビジネスチャンスを模索する老舗の「これから」について、3代目社長の佐藤順一氏に話を聞いた。
「ピンクの看板」になったワケ
──カクヤスグループは今年で100周年を迎えました。酒の販売業で創業から100年続く例は少ない気がします。
佐藤:元々は私の祖父が、新潟から東京に出てきて、酒屋を始めたのが最初です。ただ、祖父の印象は茶の間でお茶を飲んでいるか芸者遊びに出かけていたことくらいですね。
父の代になり、店頭販売ではなく業務用と呼ばれる飲食店に「外売り」を始めたのがこの頃。初代が芸者遊びなら二代目は銀座遊びが大好きでしたが、趣味と実益を兼ねてそこでかなり契約も取ってきていたようです。
──「カクヤス」という名前は低価格で酒を販売するビジネスモデルを的確に表しています。この社名は創業当時からですか。
佐藤:「格別に安い」から「カクヤス」と思われがちですが、初代の名前が安蔵で「ヤス」はここから取ったもの。「カク」は升の四角を現しています。なぜカタカナにしたのかは不明ですが、100年前の当時に社名をカタカナにしたのは洒落ていたのではと思います。いい名前だと自社ながら思っているんです。
──なんでも酒やカクヤスは東京を中心に130店以上を展開しており、街の至る所でピンクの看板を目にします。とても目立つものの、従来の酒屋のイメージとはかなり違いますね。
佐藤:バブルの頃、世の中全体が大変な人手不足になりました。特に酒の配送など、だれもなり手がいない。300万円かけて募集広告を打っても電話一本鳴らなかったこともあります。
人手不足になると社内の雰囲気は暗くなります。そんな時、配送車両の入れ替えがあり「何か明るい色はないのか。例えばピンクとか」と軽い気持ちで言ってみたら、届いたのが本当にピンクだった。驚きましたが、お客様の評判は上々で以来、配送車両はすべてピンクになり、今ではコーポレートカラーもピンクになっています。
差別化の中で「宅配強化」が生まれた
──今や「酒の宅配」と言えばカクヤスというほど定着していますが、このビジネスモデルは社長の代になって始めたと聞きました。
佐藤:私がカクヤスに入って4,5年経った80年代半ばはバブルの絶頂期です。その頃登場したキャバクラなどの新たな飲食店に営業をかけ、売り上げはそれまでの倍に増えました。ところがその途端にバブルが崩壊。苦労して契約にこぎ着けた飲食店がどんどん消えていく。精神的にも一番きつかったのはあの頃です。
ちょうどその頃郊外で酒のディスカウントショップが存在感を高めていました。うちもやろうと思ったのですが、我が社は店舗も狭いし駐車場もない。これではディスカウントに太刀打ちするのは無理でした。
そこで思い至ったのが宅配でした。ディスカウント価格で宅配を始めれば勝てると考えたのです。こうして有料配達付きディスカウント酒店「スーパーディスカウント 大安」が誕生したわけです。
──すぐに結果は出ましたか。
佐藤:売れましたね。ただ、予想外だったのは、売り上げの9割が店頭販売だったことでした。商圏内の近くには郊外型ディスカウントはないため、住民は近所の酒屋から定価で買っていました。
低価格というだけで支持されたわけです。それが最初から分かっていれば宅配は始めなかったかもしれません。それが今まで続いているのですから、世の中不思議ですね。
その後、酒類販売の規制緩和が決まり、数年後にはスーパーもコンビニも酒を売ることができるようになりました。彼らとは価格では勝てませんから、配達の仕組みをより進化させるしかないと思いました。
そこから、「1本から、配達エリアも東京23区内ならどこでも無料で運びます」という現在まで続くシステムを構築したわけですが、ディスウント店の多くは、品揃えや接客が悪くても我慢しろという雰囲気がありました。正直に言えば、我が社もそういう時期があったと思います。
しかし、スーパーやコンビニと戦うにはそれはだめで、我々はお客様の期待に何でも応えたいと思っている。その姿勢を言葉にすることにしました。そこで、「なんでも酒やカクヤス」に看板もすべて掛け替えたのです。
この「なんでも」には、「お客様のご要望に『なんでも』応えたい」という我々の姿勢や想いを込めています。
「氷の宅配」で大失敗の過去
──話をお聞きすると、カクヤスはピンチのたびに配送システムを強化してきたように感じます。
佐藤:それは言えるかもしれません。例えばコロナも大ピンチですが、カクヤスは今も新たな挑戦を始めました。従来、「なんでも酒やカクヤス」店舗の売り上げは、来店、家庭用宅配、業務用宅配が各3分の1という構成でしたが、コロナで飲食店が休業になったため、そのうち3分の1が消滅してしまいました。
売り上げ減を補うためには家庭用を増やすしかありません。幸い巣ごもりでお届け需要が増したのは、家庭向け拡大のための千載一遇のチャンスと考えました。そこで、創業100年目ではじめてお笑いタレントのバナナマンを起用したテレビCMを打ったところカクヤスの知名度が一気に高まりました。
ただ、コロナはいずれ収束します。問題は業務用が復活したときの対応。そこで、業務用は店舗から切り離すことにしました。これまでは大きな倉庫からのルート配送と、お店からの即配の二層構造だったのを、ルート配送、即配の業務用と家庭用の宅配という「三層構造」に変えるプロジェクトを今進行しています。完成すればカクヤスの配送網はさらに筋肉質になるでしょう。これもコロナがなければやらなかったことですね。
──ピンチを生かすにはアイデアを実行する勇気が必要です。なぜ社長にはこうした実行力があるのでしょうか。
佐藤:結果的にはそう見えるかもしれませんが、ほとんどは錯誤から始まっているとも言えます。こんなことをやればお客様も喜ぶし、我々も生き残れると始めているだけです。勿論、始める前には予測や計画も立てますが、頭で考えた結論は会社の都合が優先していますから、面白みに欠ける。むしろ確信が持てる前にやるから面白いんです。
──社長も過去に失敗したこともあるのですね。
佐藤:ありますよ。大失敗だったのが、「氷の宅配」です。ハイボールが流行し始めたのを見て飲食店は氷が足りなくなるだろう、と思ったのです。何千万円もかけてアイスストッカーを店舗に設置して、保冷バッグも準備しましたが、まったく売れませんでした。
どうしてかというと、飲食店で氷が足りなくなるのは夜10時過ぎ。カクヤスの店舗は10時に閉まるから、間に合わないので注文しない。単純ですよね。
お客様のストライクゾーンに1球目から投げ込むのは無理だと私は思っています。お客様の方からもここに投げてくれとも言いません。だったら多少ずれていても、こちらが球を投げるしかない。するとコースはいいけど低い、とお客様が言ってくれる。
そこで同じコースで前より少し高くしていくと、打ち頃のストライクゾーンに入る。非効率かもしれないが、多分、これからもそれを繰り返していくのでしょうね。
アルコールの「罪」の部分と向き合う
──今後についてお聞きします。これまでのカクヤスは他社にない物流モデルで成長してきましたが、これからもそれだけで生き残れると考えですか。
佐藤:それは難しいでしょうね。これからは商品戦略も必要になるかも知れない。既にプライベートブランドも持っていますが、酒以外の扱いを増やすことも求められるでしょう。営業エリアも東京以外に拡大する必要があるでしょう。
カクヤスグループは2019年12月に上場して以降、2020年九州の酒類販売店2社を子会社化しました。また、2021年にはチルド物流、置き配モデルを展開する明和物産という牛乳販売店(宅配)も子会社化しています。当面、傘下に収めた会社を拠点に九州地区全域にサービスエリアを広げることを考えています。
ただ、物流で差別化することを強みに伸びてきた会社であることも事実。そこを軸にすることは恐らく今後も変わりません。
──カクヤスの成功を見て真似る業者も出てきました。競合とどう差別化するのでしょうか。
佐藤:カクヤスが「1時間で即日配達する」と発表した途端、他社も1時間配達を追随してきました。ただ、それは当然だし予想できることです。ひとつだけ真似されないことがあるとすれば、それは「まだ生まれていない新サービス」です。
それは我々も分かっていないのだから、真似しようがありません。逆に言えば我々が生き残るために次々と新サービスに挑戦し続けるしかないということです。
私は企業の強みは「生み出す力」だと思っています。しかしそれは凄く大きな変化でなくてもいい。例えば1万人の内、ひとりが支持してくれるものなら、対象を一千万人にすれば千人が買ってくれる可能性がある。それを続けることが重要。それを少しずつ増やしていく。それが、我々がこれからもやっていくことだと思います。
──酒の販売以外にCSR活動にも積極的と聞きました。
佐藤:酒はコミュニケーションツールでストレス発散にもなる素晴らしいモノですが、一方で功罪の「罪」に当たる部分があることが気になっていました。つまり、依存症や飲酒運転などで、それらに目を背けたままでビジネスを続けることはできない、と思うようになったのです。
アルコールなど依存問題に取り組む団体の存在を知ったのもその頃です。なにか貢献できないかと相談したところ、「アルコール依存の人を指導するトレーナーを育成したい」「相談の電話窓口対応を手厚くしたい」という課題が上がってきました。
そこで、我々でその活動を支援させてもらうことにしました。酒を販売することを生業にする以上、そこで得た利益の一部は、酒の功罪の「罪」の部分を解決できることに使っていきたいと考えています。
「三河屋のサブちゃん」の強み
──その一方で、若者を中心に「アルコール離れ」が進んでいると言われます。その中でも成長を続けることは可能でしょうか。
佐藤:趣向の変化以前に人口が増えなくなる以上、市場規模は大きくなることは期待できません。ただ、小さくなったと言っても、酒の市場は4兆円規模あります。どんな業界でも、トップ企業が市場シェアの1割は抑えていることから考えれば、年間売上4000億円にはなれるはず。今、カクヤスの売り上げは1000億円規模ですから、まだまだ伸びる余地はあると考えています。
ラストワンマイルを押さえたものが強いと言われるし、それは事実だと思っています。現に、カクヤスは自前の物流を持っていて、それは現に他物流会社との決定的な違いです。例えばうちの配達員は、ビールや飲料は玄関先に「置き配」するだけではなく、ご希望があればお客様の台所の冷蔵庫の横まで運びます。
ここで顧客との関係が生まれるのです。中には、毎日1本のお水を注文されるお客様もいると聞きます。配達員とお客様の信頼関係は、それこそ『サザエさん』に登場する御用聞き「三河屋のサブちゃん」のような存在になれている証拠ではないでしょうか。
もちろん現実世界では「コスト意識を持った三河屋のサブちゃん」が必要ですが、これがカクヤスのありようで、それを貫けばまだまだ成長できると確信しています。
〈取材・文/平原悟 写真/西崎進也〉
株式会社カクヤスグループ 代表取締役社長
佐藤順一
1959年1月26日東京生まれ。81年に筑波大学第一学群社会学類卒業後、株式会社カクヤス本店(現 株式会社カクヤスグループ)に入社。93年に代表取締役社長に就任したのち、19年に東京証券取引所市場第二部へ上場を果たす。20年に会社分割により持株会社体制に移行し、商号を株式会社カクヤスから株式会社カクヤスグループに変更。
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講談社発行 現代ビジネスオンライン 2021.12.10
著作元記事URL:https://gendai.ismedia.jp/articles/-/89423